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カメハメハ一族について

かつてカウアイ島・オアフ島・ハワイ島・マウイ島・ニイハウ島など、小さな島々同士での争いが起こってたハワイを統一した「カメハメハ一族」についてご紹介します。

1.カメハメハ1世

最初にその島々を統一したのがカメハメハ1世(カメハメハ大王)です。カメハメハ1世は、ハワイ島の王だったカラニオプウの甥でした。叔父王の遺言で、カラニオプウの長男のキワラオが王権を、カメハメハが宗教儀式を取り仕切る役割を担いましたが、やがて対立しカメハメハが勝利します。

この頃、ハワイの島々はハワイ島&カウアイ島以外は、マウイ島の王が統一していましたが、カメハメハは英国から武器などを提供してもらい、周囲の島を次々に侵略しました。強力なマウイ軍が火山の噴火で全滅したことも追い風となり、1810年に全ての島を統一する偉業を成し遂げました。

カメハメハ1世は優れた外交センスを持ち、アメリカやイギリスと良好な関係を保ちながらも属国にはならず、ハワイの伝統や文化を大切に守り、繁栄するように尽力しました。

2.カメハメハ2世

カメハメハ2世は、カメハメハ1世と第一王妃との間に生まれ、父親の死後1819年に王位につきます。しかし実権は継母カアフマヌが握り、権力はほとんどなかったようです。

1823年にカメハメハ2世と王妃は外交上の交渉のためロンドンへ向かいますが、その途中2人は麻疹に感染してしまいます。免疫を持っていなかったカメハメハ2世は翌年に崩御され、わずか5年間の王政でした。

3.カメハメハ3世

1825年、カメハメハ2世の弟がカメハメハ3世として、兄の死後即位します。ここでも、(1832年に亡くなるまで)継母カアフマヌが摂政として政治に介入していました。カメハメハ3世はハワイ語で憲法を制定するなど王国の改革を目指し、アメリカ・イギリス・フランスから独立国として認定されます。

しかし、憲法制定後は徐々にこの3か国が政治に介入するようになり、ハワイ人主体の政治が難しくなる事態に終わりました。1854年に崩御し、王政期間は29年でした。

4.カメハメハ4世

カメハメハ4世は、カメハメハ3世の甥で、伯父の死後1855年に20歳で即位します。当時のハワイはアメリカからの政治的圧力が強く、それを危惧したカメハメハ4世はアメリカへの依存から脱却しようと努めます。

また、外来の病気(ハンセン病・インフルエンザなど)がハワイの人口が減少するのを防ぐため、基金を募ってクイーンズ病院や、ハンセン病専門の医療施設を建設するなど、島民の健康のために貢献しました。カメハメハ4世は1863年気管支喘息のため崩御し、約9年の王政を終えます。

5.カメハメハ5世

1863年にカメハメハ4世の兄がカメハメハ5世として王位につきます。王権の拡張を目標に掲げ、カメハメハ4世と同様にアメリカからの脱却を目指します。1872年、王政期間9年で、独身のまま跡継ぎを指名しないで崩御し、こうしてカメハメハ一族による統治は終わりを告げました。

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